借金を繰り返した20代前半

最初は何気なく気軽な気持ちで借金を消費者金融で借りました。

その当時仕事もしてたし「給料日に返せばいいや」って思って1万、2万を繰り返してました。

でもだんだん返しに行くのがめんどくさくなって借りてばかりになっていきました。

もちろん月に1回は返すのは怠らないようにしてました。

今はインターネットでとかコンビニでも返済出来ますが当時は消費者金融のATMに行かないと返せなかったので面倒でした。

そしてだんだんあちこちから借金をするようになり最終的に150万の借金に膨らんでしまいました。

その頃車が壊れてしまい、購入する事になったのですがローンを組むのに苦労しました。

審査が通るか通らないかでその後の私の生活にも大きくかかわっていくので審査が通るのを願うばかりでした。

ディーラーさんには無理を言ってなんとか審査は通りましたがこのまま借金ばかり膨らんでいくのは今後の自分の生活が苦しくなるのが目に見えていたので、生活を見直しました。それまでの仕事に加えて夜バイトをしたりしてお金をとにかく稼ぎました。

そして外食ばかりしていた生活を直し、自炊をしたりしてなるべくお金を使わないようにして生活をしていきました。

そして2年で借金を完済させました。借金返済のコツを掴んだと思います。結局地道に生活を見なおして何とかするしかないんですよね。借金返済のコツについて書いているブログとかもありますが、結局そこにみんな落ち着いていますよ。

借金を返し終えた時はとにかく「ホッ」っとしました。「やっと終わった」っとも思いました。

それからはなるべく借金をしないで生活をしています。

もちろん家のローンとかは借金をしないといけませんが、カードローンとかはしないように心掛けています。

マンションを手放しても、住宅ローン返済で苦労しています

バブルが弾けた数年後、1994年に新築分譲マンションを4000万円で購入しました。頭金を1割入れて、残りをローンで購入したのですが、10年固定金利で4.75%でした。

当時は、これでもバブルの頃と比べればかなり金利が下がっていましたので、いまが底だろうと考えていたのです。ところが、ここからデフレに突入し、不景気へとなっていったのです。私の勤務先は業績が悪化し、社員の給与は一律カットされました。住宅ローンの返済額は変わりませんから、負担感が増していきました。

手取り収入の40%がローン返済に消えて行きました。2000年に、住宅ローンの借り換えをしようと思いました。住宅ローン金利が2%台まで下がっていたのです。ある都市銀行に借り換えの相談にいきましたが、ダメでした。担保割れしているというのです。

マンションの評価額が2800万円にまで下落していたのです。これを担保に3000万円のローンを貸すことはできないとのことでした。当たり前ですよね。私は4.75%の金利で返済し続けました。しかし、やがて限界がきました。2008年、勤務先が倒産してしまったのです。失業保険を受給している間は、ローンをなんとか返済しましたが、失業保険の受給が終わってからは、もう無理です。3回続けて返済を滞納しました。

すると、銀行の担当者がやってきて、催告を受けましたが、無理なものは無理です。私はマンションを手放すことになりました。マンションを任意売却することになりました。債権者の銀行と、借りての私が合意して、マンションを売却するのです。

売りに出して3ヶ月後売れましたが、売却価格は1500万円でした。埼玉県の郊外のマンションなんて、価格は下がる一方でした。当然、借金は残りますので、あらためて返済期間を延長して、残りの700万円の借金を少しずつ返済する生活が始まりました。いま私は、安いアパートで生活しています。いまだに住宅ローンのゾンビに苦しめられているのです。

車の借金が元で家を失くした!

私の母は、お金を稼ぐのも使うのも派手なタイプでした。父は、そんな母の言うなりで、酒浸りの生活をしていたので、母が新車を買いたいといったとき、何も言えなかったみたいです。

母が車を手に入れてから、ちゃんと、支払いを続けていくなんてこと、無いに決まってるのに…結局、母は希望通り一旦新車で買った車も、支払いが滞ったとかで、ディーラーに引き取られてしまいました。

問題はその後で、母は、車のローンの支払いを止めてしまったんです。「もう、車もなくなったし、払っても意味がない。」とか言って。自分で作った借金なのに。何度もローン会社から督促状がとどきましたが、完全無視。

ところが、それからしばらくして、家に、裁判所から手紙が来ました。母は、これも無視したようです。そしたら、家に差押の通知がとどきました!サラ金返済が不能になってしまったわけです。

この段階で、母の奇妙な行動に気づいた姉が問い詰めたら…母は、車を父名義のローンで買っていたのです。そのため、父の持ち物である家と敷地が、ローン会社の差し押さえになった、と分かりました。裁判所から手紙が来た時に、ちゃんと話し合えば、こんなことにはならなかったはずなのに…いえ、その前に、車のローンをちゃんと払い続けていれば、たとえ、車を手放したにしたって、家は残ったでしょう。

結局、150万程度のローンの残りのせいで、私たちは引っ越しをして、今はアパートに住んでいます。父は亡くなりましたが、母は相変わらず。

姉と私は、結婚して時々会うたびに「借金はやめとこう」といつも言っています。

ネットで簡単に借りれる闇金融には注意しましょう

借金をするのも、相手を見て選ばないと大変なことになります。

記載されるのが嫌で、ネットの中の闇金融からお金をかりました。

実際は闇金融とは、営業許可を取っていない違法な金融会社ということですが、間違ってもこの闇金融には、お金を借りてはいけないということが分かりました。

利子は10日で3割という法外な金利を押し付けてきましたが、すぐに返す予定にしていたので、借りてすぐに返すことにしました。

名簿に名前が載ることもなく簡単にことは終わると思っていたのですが、ここからが闇金融のスゴイところでした。

一括返金をすると言うと、「年末まで元金を借り入れしてもらう」と言われて返済を拒まれてしまい、元金が減らないままに利子だけは払っていました。

結局は弁護士と警察が入ることになりましたが、警察が入っても会社にいたずら電話が鳴り響いて、とても迷惑なことがありました。

借金するのも仕方がないとは思いますが、消費者金融の表の世界で借りれないのであれば、借りるのはあきらめるしかないと思いますね。

無駄に利子を支払うことが目に見えていますし、闇金融は取れるだけ取るという方針ですから、返済不能になっても気にもしていません。

お金は本当に怖いですね。

借金返済は出来ました!でも

初任給が入ったその日から、好きな物、好きな事にお金を使い、貯金する事もままならず、実家住みにも関わらず、給料前には母にお金を借りていました。

働き出し数年もすると、クレッジットカードを初めて持つ事に!

これが、地獄の始まりでした。

元々給料内ではやっていけないのですから、クレジット払い、キャッシングと一気に枠を使い果たして行きます。

枠が無くなっていくとだんだん焦ってきます。

そんな時、職場の先輩から消費者金融の話を聞き、その日のうちに申し込みに向かってしまいました。

50万を借り入れ、クレッジットカードの借り入れを返し、残りの数万円を数日であっと言う間に使い果たしてしまい、そして他社の消費者金融へ。

気づいた時には借り入れ300万円に。クレジットカードも限度額一杯!

そんな頃、結婚が決まり焦りに焦り、今までの人生を猛反省し、3つ仕事の掛け持ちを始め、無駄遣いや、飲みに行くのを辞めました。

結婚後は、3つの仕事の掛持ちを2つに減らし、結婚後1年以内に、どうにか全額返済する事が出来ました!苦しかった日々がやっと終わりました。自業自得ですが!

借金の返済は大変なので減額する方法を知るべきだと思いました。借金減額の方法についてはこちらです。

母に心配をかけたくなかったのと、もともとの計画性の無さで、あんなに苦しかった借金返済だったのにも関わらず、全額返済の変な自身から、未だにちょこちょこキャッシングをしてしまいます。

大事に至らない様にしなければ!と反省の日々です。

借金というピンチをチャンスに変える

私は今、借金を返済している最中です。

どうして借金をしてしまったのか?というと、クレジットカードでの買物だったり、請求金額をリボ払いにして支払うというのを頻繁にしていました。そのうち、自分では残高がいくらあるのかすら把握できなくなり、挙句の果てには支払いが出来なくなってしまいました。

支払いが出来ないので、クレジットカード会社からくる電話を無視していたら、実家に電話をしていたらしく、実家の両親にばれてしまいました。

支払いが出来なくなった段階で私は、TVCMやネット広告で出ている弁護士事務所へと問い合わせをしました。藁にもすがる思いでした。弁護士事務所へかけてはみたものの、双方のスケジュールがなかなか合わずに面談まで持っていけませんでした。

どうしようかと悩んだ挙句、カード会社へ意を決して電話をしました。そこでこちらの状況を包み隠さず話したら、「どのような方法がいいのか一緒に考えましょうね」と言われて、心から重い荷物が取れた感覚でした。今の私の収支から負担にならないであろう金額を算出し、現在はその金額を毎月口座引き落としで支払っている最中です。

カードを持てない生活になっていますが、私はこの期間をロングバケーションだと捉えています。カードに頼っていた自分の療養期間だと思って、再びカードを持てるようになったら同じ過ちを繰り返さないように勉強をしています。今は私にとってはチャンス=挑戦の期間だと思って、自分のお金の使い方を見直しています。