知り合いの苦労した借金返済について

知り合いの苦労した借金返済についてお話していきます。その知り合いは、数年前まではまったく借金がなかったですけど、ある時に欲しい物があって、カードローンを利用してしまったのです。

ただ、その時はまだ借りた額は小額でしたけど、カードローンの限度額は30万円ぐらいありましたので、残った限度額を定期的にギャンブルに使用するようになったのです。知り合いは、時々ギャンブルをしていましたけど、それまでは自分の所持金だけでしていましたけど、カードローンが利用できるようになってからは、限度額範囲内でギャンブルのためにそのお金を使用するようになって、あっという間に限度額いっぱいまで借りてしまったのです。

つまり数カ月ぐらいで借金が30万円ぐらいになったのです。そこでその知り合いはかなりあせったらしくて、自分ではうまくお金のコントロールができないという事で、その知り合いの友達にお金の管理を手伝ってもらって、数年ぐらいでようやくきちんと借金返済できたのです。

借金返済は債務整理で解決する方法もあります。でも債務整理の弁護士費用は結構高額ですよね。ですからできれば自分で何とかしたいものです。

その知り合いは、ギャンブルの怖さも実感する事ができたし、借金返済もうまくお金を管理する事ができないと大変になるという事を実感したようで、かなり反省したようだったのです。それだけ、知り合いからすれば借金返済は大変だったという事です。

長くかかってしまった借金返済

軽い気持ちで借りた消費者金融での借金を返すのに、3年もかかってしまいました。

最初の元金はたった1万円だったのに、あまりにも簡単に借りることができたので、返してはまた借りての繰り返しをして、結局借金は100万円近く膨らんでしまいました。

最後は家賃や生活費もそのお金に頼るように生活していたので、限度額いっぱいまで借り入れてしまうと、堕落した生活のツケがどんどん回ってくるようなりました。

借金をしてからクレジットカードの審査に落ちるようになったので、クレジットカードを作ることが出来ず、会社や友人に不信がられるようになりました。周りに知られたくなくて、完済を誓いました。

それからは毎月給料日になると、繰り上げて返済していきました。利息分を考えて元本を返済していかなければ、なかなか借金は減っていかないので、生活を切り詰めて、出来る限り返済に充てていきました。そこで利息の怖さを思い知りました。

好きなことを我慢して、一生懸命ギリギリの生活を送っても、結局3年もかかってしまいました。

最初の1万円でやめていれば、3年も返済に掛からず、そのぶんもっと色々なことにお金を使えたのかと思うと、悔しい反面、消費者金融の仕組みがどれほど怖いか思い知り、学びました。

大人買いという買い物の仕方にはまった痛い過去

一時期、大人買いという言葉が流行りました。ちょうど、その頃の出来事になります。

当時の仕事の給料が、同世代の女性よりも比較的、高い方だったこともあり変に余裕めいた感じで自分に酔いしれていたことがありました。そんな気分で過ごしていたころに、偶然立ち寄った本屋で、とある国家資格の参考書シリーズに目がとまってしまいました。

一般的な文庫本や、雑誌と違って国家資格系の参考書やノウハウ本はかなり高いものが多いです。一冊当たり2千円前後はしたはずです。それから、その資格を取得するために必要な関連法規など法律用語集の辞書なども買い漁っていました。これは、参考書よりもずっと高かったと記憶しています。

こういったものを、下調べもせず、一気に片っ端から購入していった苦い過去があります。このときの買い物は、総額で5万円近くに上りました。いくらそこそこお給料が良いからといって、こういった買い物を続けていると、あっという間に給料生活は困難にまります。当然です。まずは、自分に取得できそうなのかどうか、だとか情報収集から始めればいいものを、こういった買い物を続けていたら、借金になるのは当然です。

結果、給料だけでは追いつかず、借金バイトとして夜のお店を掛け持ちして返済したという苦い過去があります。やっぱり、何事も計画性はとても大事だと思いましたし、自分の器を超えない買い物の仕方、借金の仕方、というのも大事だと思いました。

買い物が主体になっていたので、当然、資格取得には至りませんでした。まず、参考書をいろいろ幅広く精査するということすらしていないので、当然です。自分の知識と合っていない難易度の高い参考書を大人買いしたためです。

借金を背負うということ

僕の以前勤めていた会社の先輩の話になるが、その人は約300万円の借金を抱えていたそうだ。理由は以前に仲の良い後輩に借金をしてまでおごったりして作ってしまったらしい。

しかもその人は生まれつきなのか癲癇という病気を持っていた。その病気のことがあり以前の会社では実質クビのような形になっていたという。そして当時の会社の社長に受け入れてもらうことが出来てここでなんとかバイトとして働いている、と語っていた。

バイトとはいえ、彼は正社員並みの時間労働していたし、人数が必要ない時は帰ってもらうこともあったが、基本は残業だってしていた。しかしそんな彼だから仕事中に働いていても急に倒れたりすることも多く、もちろんその間の給料は出ていなかったように思う。

その上家に帰ると定年をむかえた父親が家にいて、面倒も見ないといけないようだった。男二人なのでご飯なども、外食はお金がかかるのでディスカウントショップで安くなっているウィンナーを焼いて食べたり、現在は禁止されているが、食品も扱っている会社なのでその廃棄品を持って帰って食べたりしていたそうだ。

そんな努力をしながら彼は借金をコツコツと返していたのだが、仕事中に彼の携帯に催促の電話がなったりとても苦労していた。彼もその時は良いのだけれど、一度借金を背負ってしまうとあとあと大変だと常に言っていてくれたお蔭で、僕は今まで電気やガスを止められるほどお金に困ることもあったが何とか借金をしないですんでいる。

借金を繰り返した20代前半

最初は何気なく気軽な気持ちで借金を消費者金融で借りました。

その当時仕事もしてたし「給料日に返せばいいや」って思って1万、2万を繰り返してました。

でもだんだん返しに行くのがめんどくさくなって借りてばかりになっていきました。

もちろん月に1回は返すのは怠らないようにしてました。

今はインターネットでとかコンビニでも返済出来ますが当時は消費者金融のATMに行かないと返せなかったので面倒でした。

そしてだんだんあちこちから借金をするようになり最終的に150万の借金に膨らんでしまいました。

その頃車が壊れてしまい、購入する事になったのですがローンを組むのに苦労しました。

審査が通るか通らないかでその後の私の生活にも大きくかかわっていくので審査が通るのを願うばかりでした。

ディーラーさんには無理を言ってなんとか審査は通りましたがこのまま借金ばかり膨らんでいくのは今後の自分の生活が苦しくなるのが目に見えていたので、生活を見直しました。それまでの仕事に加えて夜バイトをしたりしてお金をとにかく稼ぎました。

そして外食ばかりしていた生活を直し、自炊をしたりしてなるべくお金を使わないようにして生活をしていきました。

そして2年で借金を完済させました。借金返済のコツを掴んだと思います。結局地道に生活を見なおして何とかするしかないんですよね。借金返済のコツについて書いているブログとかもありますが、結局そこにみんな落ち着いていますよ。

借金を返し終えた時はとにかく「ホッ」っとしました。「やっと終わった」っとも思いました。

それからはなるべく借金をしないで生活をしています。

もちろん家のローンとかは借金をしないといけませんが、カードローンとかはしないように心掛けています。

マンションを手放しても、住宅ローン返済で苦労しています

バブルが弾けた数年後、1994年に新築分譲マンションを4000万円で購入しました。頭金を1割入れて、残りをローンで購入したのですが、10年固定金利で4.75%でした。

当時は、これでもバブルの頃と比べればかなり金利が下がっていましたので、いまが底だろうと考えていたのです。ところが、ここからデフレに突入し、不景気へとなっていったのです。私の勤務先は業績が悪化し、社員の給与は一律カットされました。住宅ローンの返済額は変わりませんから、負担感が増していきました。

手取り収入の40%がローン返済に消えて行きました。2000年に、住宅ローンの借り換えをしようと思いました。住宅ローン金利が2%台まで下がっていたのです。ある都市銀行に借り換えの相談にいきましたが、ダメでした。担保割れしているというのです。

マンションの評価額が2800万円にまで下落していたのです。これを担保に3000万円のローンを貸すことはできないとのことでした。当たり前ですよね。私は4.75%の金利で返済し続けました。しかし、やがて限界がきました。2008年、勤務先が倒産してしまったのです。失業保険を受給している間は、ローンをなんとか返済しましたが、失業保険の受給が終わってからは、もう無理です。3回続けて返済を滞納しました。

すると、銀行の担当者がやってきて、催告を受けましたが、無理なものは無理です。私はマンションを手放すことになりました。マンションを任意売却することになりました。債権者の銀行と、借りての私が合意して、マンションを売却するのです。

売りに出して3ヶ月後売れましたが、売却価格は1500万円でした。埼玉県の郊外のマンションなんて、価格は下がる一方でした。当然、借金は残りますので、あらためて返済期間を延長して、残りの700万円の借金を少しずつ返済する生活が始まりました。いま私は、安いアパートで生活しています。いまだに住宅ローンのゾンビに苦しめられているのです。

車の借金が元で家を失くした!

私の母は、お金を稼ぐのも使うのも派手なタイプでした。父は、そんな母の言うなりで、酒浸りの生活をしていたので、母が新車を買いたいといったとき、何も言えなかったみたいです。

母が車を手に入れてから、ちゃんと、支払いを続けていくなんてこと、無いに決まってるのに…結局、母は希望通り一旦新車で買った車も、支払いが滞ったとかで、ディーラーに引き取られてしまいました。

問題はその後で、母は、車のローンの支払いを止めてしまったんです。「もう、車もなくなったし、払っても意味がない。」とか言って。自分で作った借金なのに。何度もローン会社から督促状がとどきましたが、完全無視。

ところが、それからしばらくして、家に、裁判所から手紙が来ました。母は、これも無視したようです。そしたら、家に差押の通知がとどきました!サラ金返済が不能になってしまったわけです。

この段階で、母の奇妙な行動に気づいた姉が問い詰めたら…母は、車を父名義のローンで買っていたのです。そのため、父の持ち物である家と敷地が、ローン会社の差し押さえになった、と分かりました。裁判所から手紙が来た時に、ちゃんと話し合えば、こんなことにはならなかったはずなのに…いえ、その前に、車のローンをちゃんと払い続けていれば、たとえ、車を手放したにしたって、家は残ったでしょう。

結局、150万程度のローンの残りのせいで、私たちは引っ越しをして、今はアパートに住んでいます。父は亡くなりましたが、母は相変わらず。

姉と私は、結婚して時々会うたびに「借金はやめとこう」といつも言っています。

ネットで簡単に借りれる闇金融には注意しましょう

借金をするのも、相手を見て選ばないと大変なことになります。

記載されるのが嫌で、ネットの中の闇金融からお金をかりました。

実際は闇金融とは、営業許可を取っていない違法な金融会社ということですが、間違ってもこの闇金融には、お金を借りてはいけないということが分かりました。

利子は10日で3割という法外な金利を押し付けてきましたが、すぐに返す予定にしていたので、借りてすぐに返すことにしました。

名簿に名前が載ることもなく簡単にことは終わると思っていたのですが、ここからが闇金融のスゴイところでした。

一括返金をすると言うと、「年末まで元金を借り入れしてもらう」と言われて返済を拒まれてしまい、元金が減らないままに利子だけは払っていました。

結局は弁護士と警察が入ることになりましたが、警察が入っても会社にいたずら電話が鳴り響いて、とても迷惑なことがありました。

借金するのも仕方がないとは思いますが、消費者金融の表の世界で借りれないのであれば、借りるのはあきらめるしかないと思いますね。

無駄に利子を支払うことが目に見えていますし、闇金融は取れるだけ取るという方針ですから、返済不能になっても気にもしていません。

お金は本当に怖いですね。

借金返済は出来ました!でも

初任給が入ったその日から、好きな物、好きな事にお金を使い、貯金する事もままならず、実家住みにも関わらず、給料前には母にお金を借りていました。

働き出し数年もすると、クレッジットカードを初めて持つ事に!

これが、地獄の始まりでした。

元々給料内ではやっていけないのですから、クレジット払い、キャッシングと一気に枠を使い果たして行きます。

枠が無くなっていくとだんだん焦ってきます。

そんな時、職場の先輩から消費者金融の話を聞き、その日のうちに申し込みに向かってしまいました。

50万を借り入れ、クレッジットカードの借り入れを返し、残りの数万円を数日であっと言う間に使い果たしてしまい、そして他社の消費者金融へ。

気づいた時には借り入れ300万円に。クレジットカードも限度額一杯!

そんな頃、結婚が決まり焦りに焦り、今までの人生を猛反省し、3つ仕事の掛け持ちを始め、無駄遣いや、飲みに行くのを辞めました。

結婚後は、3つの仕事の掛持ちを2つに減らし、結婚後1年以内に、どうにか全額返済する事が出来ました!苦しかった日々がやっと終わりました。自業自得ですが!

借金の返済は大変なので減額する方法を知るべきだと思いました。借金減額の方法についてはこちらです。

母に心配をかけたくなかったのと、もともとの計画性の無さで、あんなに苦しかった借金返済だったのにも関わらず、全額返済の変な自身から、未だにちょこちょこキャッシングをしてしまいます。

大事に至らない様にしなければ!と反省の日々です。

借金というピンチをチャンスに変える

私は今、借金を返済している最中です。

どうして借金をしてしまったのか?というと、クレジットカードでの買物だったり、請求金額をリボ払いにして支払うというのを頻繁にしていました。そのうち、自分では残高がいくらあるのかすら把握できなくなり、挙句の果てには支払いが出来なくなってしまいました。

支払いが出来ないので、クレジットカード会社からくる電話を無視していたら、実家に電話をしていたらしく、実家の両親にばれてしまいました。

支払いが出来なくなった段階で私は、TVCMやネット広告で出ている弁護士事務所へと問い合わせをしました。藁にもすがる思いでした。弁護士事務所へかけてはみたものの、双方のスケジュールがなかなか合わずに面談まで持っていけませんでした。

どうしようかと悩んだ挙句、カード会社へ意を決して電話をしました。そこでこちらの状況を包み隠さず話したら、「どのような方法がいいのか一緒に考えましょうね」と言われて、心から重い荷物が取れた感覚でした。今の私の収支から負担にならないであろう金額を算出し、現在はその金額を毎月口座引き落としで支払っている最中です。

カードを持てない生活になっていますが、私はこの期間をロングバケーションだと捉えています。カードに頼っていた自分の療養期間だと思って、再びカードを持てるようになったら同じ過ちを繰り返さないように勉強をしています。今は私にとってはチャンス=挑戦の期間だと思って、自分のお金の使い方を見直しています。

借金を返済することでわかったこと

できることならしたくない、なるべくなら避けて通りたいもの、それは私にとって借金以外のなにものでもないです。

父と母が二人で営む小さな工場の家に私は生まれたので、幼いころからお金に対するいろいろな面を見てきました。

借金も多くあったと感じていました。しかしまだ小さいころはそれがとても大変なことだとはわかっていなかったのです。

月日は流れ、私も無事に社会人となった時、父親から相談を持ちかけられました。

私の名義でお金を借りてほしい、とのことでした。最初は意味がよくわかりませんでしたが、どうやらもう父親の名前でお金を借りることが出来ないくらいの状態までになっていたようでした。私は悩みました。小さいころから何となく感じていた、借金の暗い重たいイメージがどうしても払拭できません。断ることもできました。しかし、私がここまで大きく育ってこれたのも、父親ががんばって働いて育ててくれたからという思いもあり、お金を借りることにしました。

実際、お金を借りて父親に渡した金額ではどうにも足りないくらい、工場の経営は悪化していました。その後、私は借金を繰り替えし、父親も今まで以上に働き、なんとか経営が持ち直すまでに実に10年という歳月を要しました。

しかし、私の借金はまだ残っていました。そこから自分の毎月のお給料を借金返済に充てる、ということがさらに5年続きました。

最後の返済を終えた日、私は喜びで胸が熱くなり、うっすら涙目にすらなっていました。その頃、私たち家族の努力もむなしく実家の工場はすでになくなっていました。

借金とは、いったいなんだったんだろう。

お金より、愛が大事。確かにそれはうそではないし理想でもあります。

私が借金をすることでわかったのは、お金は人生を狂わすほどの強大な力を持っているということです。あの時借金さえ負わなければ、また違う人生、もっと若者らしく遊ぶ人生を送っていたかもしれません。運よく私は全額返済することができましたが、そうではない人もいると思います。お金があってこそ、人を愛することもできる。もし返済地獄に陥っていたら、今この文章を書いていることもなかったと思います。

それ以来、私は日々つつましく、借金とは無縁の生活を過ごしています。もう二度と、借金をすることはないでしょう。

借金を返済することで友達との関係が戻りました

私は大学時代から多くの借金をする癖があり、初めは友達から借金をしてはなかなか返すことができず、次第に友達との人間関係が悪くなっていた事があります。

最終的には学生ローンを利用して借金をすることが多くなり、友達はそのことを知ると、ほとんど私と付き合うことがなくなっていてしまったのです。

私はあまり多くの友達を失ってしまいましたので何とかして借金を返済して、きちんとした生活をすることを覚悟決めて借金返済を行いました。

バイトを2つ掛け持ちしてなんとか半年後には借金を返済することができたので、現在では友達との関係も元に戻るような状態で、ほとんど借金をすることはなくなっています。

友達から愛想つかされる前になんとか借金を返すことができましたので、大きなトラブルには発展せずに済みましたが、借金とはやはり計画的な返済を行なっていないと非常に人間関係が崩れてしまい、信用力がなくなってしまうものであります。

今後は計画的な借金の利用の仕方をしていきたいと思います。

借金返済で結婚をすることができました

私は5年間付き合っている彼女がいますが、数年前から私が借金を繰り返していることを知り、彼女は結婚するならば、借金を全て返してからという事を私に告げたのです。

私は彼女のことが大好きで、なんとか決行するために借金全額を返すようなプランを立てることになりました。

毎月の給料が27万円でありましたが、その当時借金の総額は120万円に上っていました。

私はボーナスなどを有効活用しながら借金をすべて返し終わるまでに2年半の月日がかかりましたが、なんとか自分の借金をすべて返済することができ、彼女にそのことを報告すると、彼女はすぐに私と結婚することを承諾してくれたのです。

私は、いてもたってもいられないほど嬉しく借金を全額返済したことを心から喜びに感じ、彼女にすぐに改めて結婚を申し込み、数ヵ月後に結婚式を挙げることができたのです。

結婚式は彼女が理想とする家族だけの小さな結婚式ではありましたが、私がほとんど貯金がないことから、このような結婚式を彼女が選択肢くれたのだと思います。

借金には良い思い出も悪い思い出も多くの思い出が詰まっています。